2011年12月28日

2011年プレイバック 〜もう一度見たいあの出来事〜

2011年まであと残すところ、今日含めて4日となりましたが、管理人が一番印象に残っている2011年の競馬の出来事を思いついた順に書いていきたいと思います。

 

 

2011年 ドバイWCでの日本馬の歴史的快挙
誰がどう見てもこの出来事が最初に来るのではないかと思います。
この歴史的瞬間の2週間前くらいには、誰もが思い出したくは無い東北沖大地震があり、誰もが悲しみに打ちひしがれる中、ドバイではヴィクトワールピサとトランセンドのワンツーでメイダン競馬場に日本の国歌「君が代」が流れた事が一番印象的なシーンでしたし、レース後のM.デムーロ騎手の東北沖地震にて被害に遭った人たちを思いやるコメントにもぐっと来るものがあったというのは言うまでもありませんね。
それだけではなく、「運命か何かではないか」と感じさせる出来事として、97年にドバイのナドアルシバ競馬場で散ってしまったホクトベガが生を受けた3月26日にヴィクトワールピサがドバイWC優勝という歴史的快挙を成し遂げたということですね。
「ホクトベガが見守っていたのでしょう」という記事をどこかで見たのですが、その時には本当に泣きそうになってしまいました。

 

オルフェーヴルが古馬撃破
WIN5が始まった4月24日の東京開催から全てが始まったといっても過言ではないような気がします。
今更言うまでもなく、当時は中山競馬場・福島競馬場が東北沖大地震の影響で皐月賞の代替開催が東京競馬場で行われた事が功を奏したのかもしれないですけどね。
史上7頭目の三冠馬の軌跡を振り返ってみると、以下のようになるかと思います。

皐月賞では、サダムパテックに3馬身差で1冠先制。
日本ダービーでは、不良馬場を物と早々と抜け出し2冠達成。
神戸新聞杯では、32秒台の脚を使い快勝。
菊花賞では、ウインバリアシオンに2馬身以上の差で史上7頭目の3冠達成。

特に三冠達成後の目標は有馬記念だったのですが、2005年のディープインパクトのように勝てないのではないかと思っていた人も結構いたと思います。
しかし展開的にスローペースの中、掛かりながらも2006年のディープインパクトの有馬記念を彷彿させるようなキレのある脚で3歳にして有馬記念を勝ってあっという間に三冠どころか四冠達成してしまうという偉業を成し遂げたというところが凄いといったところでしょうね。
ちなみに、三冠達成した馬が同年に有馬記念を優勝したというケースは、1984年のシンボリルドルフ ・ 1994年のナリタブライアンのみという事から、池添騎手の喜びはマイルCSをデュランダルで制した時のそれとは比較にならないものじゃないかなと思ったりもしています。

 

トランセンドのJCダート連覇
トランセンドといえば、ドバイWC2着馬という事が最初に来る人も結構いると思ういますが、やっぱり最近の出来事で言えば、史上初のJCダート連覇という事ではないかと思います。
昨年のJCダートからの戦績をざっと洗い出してみると、

2010年12月5日 阪神11R ジャパンカップダート 1着
2011年2月20日 東京11RフェブラリーS 1着
2011年3月26日 アラブ首 ドバイWC 2着
2011年10月10日 東京11R マイルCS南部杯 1着
2011年11月3日 大井11R JBCクラシック 2着
2011年12月4日 阪神11R ジャパンカップダート 1着

という感じになっています。

4歳(2010年)の10月から本格化したという印象を受けるのですが、特にマイルCS南部杯では、スマートファルコンを完全に意識していたといった藤田騎手のコメントをどこかで見たような気がします。
連覇が掛かった今年のジャパンカップダートでは、エスポワールシチーとの一騎打ちが予想されていたと思ういますが、完全にハナに立てば負ける気がしないという陣営側のコメントもそうだったし、藤田騎手自身も「ハナに立った時点で勝ったと思った」とコメントしているように、揺るぎない自信があったからこその連覇だったような気がします。

 

もっと他にもあるような気がするのですが、管理人が一番印象に残っているのは上記の3つくらいですかね・・・。

posted by DJ.YOH at 09:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 競馬ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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